3/01/2010

医療安全における法の役割-法ができること

国民が医師や医療制度を信頼して、良好な医療を受けられるように法律を上手く使いたい、その発想はぜんぜん悪くないです。法は合理的な目的を実現するための一手段なのですから。そして医療安全を確立することは、当然ながら合理的な目的といえるでしょう。誰も、不合理なほど危険な医療を受けたいとは思うはずがないからです。では、法律をどのように使えば、より安価に医療安全を確立することができるのでしょうか?

実用法律雑誌『ジュリスト』1396号(2010年3月15日号)には、『医療安全の確立と法』と題する特集が組まれています。そこでは、医療事故が発生し、患者さんが死亡した場合には医療従事者に形式的な刑事処分を行い、その後で行政処分が下されているわが国の現状が示されています。

法は、医療の安全性を高めるために制裁という形であれ、報酬という形であれ、医療従事者に何らかのインセンティヴを与えることができます。しかしながら、あと知恵(hindsight)で事故に関与した医療従事者の行為を咎めてみても、必ずしも医療の安全性が高まるわけではない、ということを忘れるべきではないでしょう。むしろ防御的な医療が蔓延して、医療従事者はもちろんのこと、患者さんにとってもさらに不幸な事態が生じる可能性があります(例えば、患者さんの受け入れ拒否や過剰な検査による医療費の増大など)。要するに、法的なインセンティヴによって医療へのアクセスが制限されかねない、ということです。

医療には危険がつきもので、完全に除去することは困難です(cost prohibitive)。逆に極端なことを言えば、医療を一切提供しなければ、医療従事者は事故に関与しなくて済みます。また、事故のリスクが高いと思われる患者さんの治療を何らかの理由で回避すれば、医療従事者が事故に遭遇する機会は減ることでしょう。仮に事故のリスクが高い患者さんを事前に区別できないならば、より多くの患者さんに対する治療を回避することになります。それでよいのでしょうか?

法は、医療安全を確立するための一手段ですが、医療従事者の方々の協力なくして医療の安全性は高まりません。また、法は使い方を誤れば、医療の安全性を高めるどころか医療へのアクセスを制限し、医療のコストを増大させる可能性さえあります。

医療安全を確立するための法、といってもいろいろあります。法には制裁型もあれば、支援型もあるようです。また、従来のハードローに加えて、ソフトローの活用も検討に値します。

医療安全における法の役割について、いま一度考えてみませんか。