8/28/2013

「成長戦略」の話をしよう(2)

前回は、「成長戦略」の舞台装置についてその概要と問題点を指摘した。第2回目の今回は、産業競争力会議における政策過程を検討する準備として、その体制の特徴をもうすこし詳しくみてみたい[1]

1.制度の枠組み
 産業競争力会議(以下、「会議」という)は、首相および官邸による重用、内閣機能の強化といった会議体そのものの設置目的や民間委員主導といった運用面において、経済財政諮問会議と類似する特徴をもつ「政策会議」[2]である。
産業競争力会議の会議体としての性格について、会議の副議長である甘利明経済再生担当大臣は、「産業競争力会議は、これまでの成長戦略策定会議とは異なり、日本経済再生の司令塔である日本経済再生本部に直結する会議である。ここでの議論や提言は総理の強力なリーダーシップの下、直ちに取組を開始することができるので、議員の皆様には成長戦略の策定に向けた活発な御議論をお願いしたい」(1回会議の冒頭)と述べている。
では、この①「日本経済再生本部に直結する会議」、②「議論や提言は総理の協力なリーダーシップの下、直ちに取組を開始することができる」とはどのようなことを意味するのであろうか。以下では、まずこのような産業競争力会議の役割について、日本経済再生本部との会議体間関係および経済財政諮問会議との比較を交えながら検討してみたい。
経済財政諮問会議は、内閣府設置法第18条にその設置の根拠が求められる「重要政策に関する会議」の一つであり、同19条にその所掌事務(内閣総理大臣の諮問を受けて、経済財政政策に関する重要事項について調査審議すること)が規定されている。一方、産業競争力会議は「日本経済再生本部決定」[3]を設置根拠としており、国家行政組織法上の「国の行政機関」(8条機関)ではない。いわゆる「懇談会等行政運営上の会合」(「行政運営上の参考に資するため、大臣等の決裁を経て、大臣等が行政機関職員以外の有識者等の参集を求める会合であって、同一名称の下に、同一者に、複数回、継続して参集を求めることを予定しているもの」[4])に該当するインフォーマルな組織である。会議設置の根拠である日本経済再生本部もまた「閣議決定」[5]を根拠に設置されている「懇談会等行政運営上の会合」の一つである[6]
つまり、産業競争力会議は経済財政諮問会議をはじめとする内閣法および国家行政組織法を根拠とするいわゆる「審議会」等ではなく、法律上根拠を持たない私的な懇談会にすぎないといえる[7]。あくまで私的諮問機関である以上、明文化された形での厳密な所掌事務等は定められていないが、「産業競争力会議の開催について」(201318)において、「日本経済再生本部の下、我が国産業の競争力強化や国際展開に向けた成長戦略の具現化と推進について調査審議するため、産業競争力会議(以下「会議」という。)を開催する。」という形で定められている[8]


このように、産業競争力会議は日本経済再生本部の諮問に応じて、「成長戦略の具現化と推進」に関して調査審議を行うとされているが、これらの関係から産業競争力会議の特徴を次の3点を指摘することができる。第一に、「私的諮問機関の諮問機関」という特徴である。産業競争力会議の設置を決定した日本再生本部もまた「企画及び立案並びに総合調整を担う司令塔」として閣議決定を根拠に内閣に設置されたインフォーマルな組織であり、産業競争力会議はその形式はともあれ少なくとも名目上は「日本経済再生本部の下」に置かれていることになる[9]。第二に、インフォーマル組織の形式的階層化である。産業競争力会議および日本経済再生本部はともに内閣法や国家行政組織法に規定を持たない会議体である。閣議決定およびそれを根拠とする推進本部決定といった形でインフォーマルな組織である「懇談会等行政運営の会合」(懇談会等)間に事実上の審級が設けられていることになる。第三に、自己諮問の矛盾である。産業競争力会議は日本経済再生本部のもとに置かれており、「成長戦略の具現化と推進について調査審議」を行うことを目的としているが、そもそも産業競争力会議の議長および日本再生本部の本部長はともに内閣総理大臣であり、内閣総理大臣が内閣総理大臣自身のために「調査審議」とそれらの「企画及び立案並びに総合調整」を行うという様相となっている。
これらの点について、1999(平成11)年に中央省庁等改革推進本部によって定められた「中央省庁等改革の推進に関する方針」における「懇談会等行政運営上の会合の開催に関する指針」では、「懇談会等行政運営上の会合」の性格と運営の原則が定められている。運営の考え方として、「懇談会等行政運営上の会合については、審議会等とは異なりあくまでも行政運営上の意見交換、懇談等の場として性格付けられるものであることに留意した上、審議会等の公開に係る措置に準ずるとともに…(中略)…その開催及び運営の適正を確保した上で、意見聴取の場として利用するものとする」とされているほか、運営の原則として、次の5つの点に対する取扱い方針を示している。①「省令、訓令等を根拠としては開催しないものとする」、②「懇談会等に関するいかなる文書においても、当該懇談会等を「設置する」等の恒常的な組織であるとの誤解を招く表現を用いないものとする」、③「審議会、協議会、審査会、調査会又は委員会の名称を用いないものとする」、④「懇談会等の定員及び議決方法に関する議事手続を定めないものとする」、⑤「聴取した意見については、答申、意見書等合議体としての結論と受け取られるような呼称を付さないものとする」[10]
日本経済再生本部および産業競争力会議は、その名称にそれぞれ「本部」「会議」という名称が付されていることからもわかるように、私的諮問機関の設置に関するこれら諸点を考慮する形で設計されており、方針に掲げられている各点を基本的には踏まえたものとなっている。しかし、⑤については、産業競争力会議での議論の結果を直接的な根拠として総理大臣名で「当面の政策対応について」が公表され各省大臣に指示が及んでいること、また614日に発表された成長戦略の原案は会議に諮られ審議が行われていることからわかるように、事実上会議体としての結論が取りまとめられている。さらには、2014年度予算の編成に特別枠を設けるなどの予算上の統制にまで影響を与えている点などから、必ずしも厳密に順守されているわけではないといえる。
以上のような点から、産業競争力会議が「疑似的な経済財政諮問会議」ないし「経済財政諮問会議型」懇談会として運用されることにより、機動的かつ迅速に成長戦略の策定に至ったということができよう。



 
2.会議体の構成員 
 産業競争力会議の議員は、内閣総理大臣、副総理、経済再生担当大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、内閣官房長官、経済産業大臣、内閣府特命担当大臣(科学技術政策)の、同(規制改革)ら閣僚と10名の民間議員(財界人8名、学識経験者2)から構成されており、形としては経済・産業に関する少数の関係閣僚に各界を代表する企業の代表が加わるものとなっている。なお、議事内容によっては、臨時議員として他の関係閣僚らが参加する場合もみられる[11]
民間議員の形態は経済財政諮問会議と基本的に同様であり、民間議員はすべて非常勤議員である[12]。ただし、経済財政諮問会議の民間議員が4名であるのに対して、産業競争力会議は10名となっており、その数が多い点が特徴的である[13]。そのため、会議体としての規模も相対的に大きいといえ、時間的な制約から出席議員が何度も発言を行うという形の運営とはなっていない。
審議の過程は、各回ごとに大まかなアジェンダが提示されており、それに対して各議員が順に3分から5分程度の持ち時間[14]で意見を表明するという形式で進められた。会議では、内閣総理大臣が議長、議長代理が副総理を務めることとなっているが、実際には所管官庁を持たない経済再生担当大臣兼内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)が副議長として議事の進行等を行った。このことから、産業競争力会議においては経済財政諮問会議と同じく経済財政政策担当大臣(兼経済再生担当大臣)が会議の枢要な地位にあることが示唆される[15]。もっとも、内閣総理大臣、副総理らは会議の冒頭ないし終了前の挨拶をのぞいて基本的に発言することはなく、閣僚の発言は、民間議員によって提示された意見や要望について所轄の原則に従い所管大臣が見解を述べるか、官房長官が当面の方向性について調整を行ううえで発言する場合に限定されている。その意味において、産業競争力会議は「官民の関係者が意見交換を行う場」というよりも、「民間議員によって直接的に政策に関する要望がなされる場」であるといえる。
 また、民間議員が事前に相談して作成する「民間議員ペーパー」[16]が、審議のうえで重要な役割を果たしている点も経済財政諮問会議と共通である。特に、第1回会議では民間議員10名のうち9名がそれぞれに会議において議論をするべき論点を整理した意見を提出しており、第2回以降はそれらを集約する形で民間議員4名程度(4名~5)が連名にて個別テーマに関する「提出資料」を用意し、それを審議の主たる対象としている[17]。たとえば、後述の健康・医療分野における「日本版NIH」の創設という論点については、第1回会議においてある民間議員によって提出された資料を議論の出発点とし、以降テーマ別会合を含めて基本的に提案者によって議論がリードされているなど、特にアジェンダセッティッングの点で民間議員が果たしている役割は大きいといえる。
 なお、多くの審議会・懇談会と同様に、どのような基準と方法によって民間議員が選出されているのかといった選出過程の詳細は不明である。




3.会議の開催状況
 産業競争力会議は、第1回会議(2013123日開催)から第12(2013612日まで)の約6か月弱(140)で、テーマ別会合を除いて12回ほど開催されている。会議は、首相官邸4階大会議室(第3回のみ官邸2階小ホール)にて行われた。経済財政諮問会議が、1回会議(201319日開催)から第15(2013612日まで)155日間で15回ほど開催されていることを考えれば、ほぼ同程度に開催されていたことがわかる[18]
会議の運営は、「産業競争力会議運営要領」(2013123日付、産業競争力会議名)によって定められており、「議長は、会議を招集すべき日時が決まり次第、議長が適当と認める方法により、遅滞なく、公表する」と定められているのみであり、具体的にどのくらいの頻度で開催するのか等の具体的な開催要件は明らかにされていない。したがって、ここでいう「会議を招集すべき日時」が具体的にどのような場合を指すのかは定かではないが、実際の運用をみるかぎり、平均で約131回のペースで1時間13分程度ほど開催されている。期間の前半では開催間隔にやや開きがみられていたのに対して、後半ではほぼ一週間に一回の頻度での開催となっている。これは、比較的早期の段階において、会議体の目標である「成長戦略」の取りまとめを6月中旬を目途とすることがスケジュールされてていたため、実際の取りまとめに向けて限られた期間内での最終調整を要したものと考えられる。
 また、本会議とは別に3月から4月中旬にかけては「重要テーマを抜き出して時間をかけてしっかりとって議論を重ねることを趣旨とし」(甘利経済再生担当大臣発言)て、計7回の「テーマ別会合」が開催されている。会合は、「産業の新陳代謝の促進」、「人材力強化・雇用制度改革」、「立地競争力の強化」、「クリーンかつ経済的なエネルギー需給の実現」、「健康長寿社会の実現」、「農業輸出拡大・競争力強化」、「科学技術イノベーション・ITの強化」の6つのテーマごとに民間議員が割り振られる形 (重複を含む) で編成された。こうした分野別の会合を設けて個別テーマに関して掘り下げを行うという形式についても、分野別の専門調査会を設けている経済財政諮問会議と同様の構成であるといえる。        
 なお、本会議、テーマ別会合といったフォーマルな会議では時間的な制約から十分な時間の確保ができないこともあり、民間議員のスタッフ、リエゾンも参加する形で「非公式会合」が適宜開催されていたとされる[19]



4.事務局
 産業競争力会議に関する諸所の事務局は、運営要領において「経済産業省等関係行政機関の協力を得て、日本経済再生総合事務局において処理する」[20]とされていることからもわかるように、日本経済再生総合事務局は経済産業省(10数名程度)を中心に財務省等の各省からの出向者から構成されている[21]。このうち、産業競争力会議の事務部門を担当しているのは、経済産業省、財務省等の出向者からなる25人程度とされる。特徴的な点としては、第1回会議において民間議員である竹中平蔵議員[22]および三木谷浩史議員[23]らから会議事務局に民間人スタッフを起用するよう提案がなされた結果、3月からは経済団体等から民間スタッフとして参事官級3名、課長補佐級2名の計5名が起用された点が挙げられる[24]

5.おわりに
本稿では、安倍政権における「政治主導」の舞台である産業競争力会議について、前回の記事において指摘した問題点を深く掘り下げるべく、特にその体制の特徴について検討を行った。産業競争力会議は、運用面において経済財政諮問会議と類似した会議体として位置づけることができる一方、制度面においては国家行政組織法上の根拠を持たないインフォーマルな組織であることを特徴としている。
1983年の国家行政組織法改正により審議会等の設置は政令により行うことが可能となっているのであるから、「機動性」、「迅速性」などの立法上のコストや行政運営上の効率性のみを根拠として、このインフォーマルな組織による政策過程における意思決定を肯定することは困難である。実際、産業競争力会議は成長戦略という重大な国家戦略のアジェンダを設定するうえで極めて強い影響力を有しており、事実上この点に関する各種政策群の立案の始点となっているのである。
その実際の運用過程については、稿をあらためて述べることとしたい。







[1] なお、「産業競争力会議」については、同一の名称の懇談会が小渕政権下においても開催されている。1985年にレーガン政権下で「ヤングレポート」を取りまとめたアメリカの産業競争力委員会をモデルに、「官民の関係者が意見交換を行う場」として19993月末に発足したものであった。総理大臣主宰のもと関係閣僚と企業経営者が産業における過剰設備の整理と雇用の流動化等をテーマとして議論が行われた。
[2] 首相官邸による説明では、産業競争力会議は「政策会議」という名称で紹介されている。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/konkyo.html (2013716日アクセス).
[3] 日本経済再生本部「産業競争力会議の開催について」(201318)
[4] 「中央省庁等改革の推進に関する方針」(閣議決定及び中央省庁等改革推進本部決定)(1999427日付)
[5] 首相官邸「日本経済再生本部の設置について」(20121226)参照. 設置の目的として、「我が国経済の再生に向けて、経済財政諮問会議との連携の下、円高・デフレから脱却し強い経済を取り戻すため、政府一体となって、必要な経済対策を講じるとともに成長戦略を実現することを目的として、内閣に、これらの企画及び立案並びに総合調整を担う司令塔となる日本経済再生本部(以下「本部」という。)を設置する。」と謳われている。
[6] 首相官邸「日本経済再生本部の設置について」20121226. 会議体の運営については、別途「日本経済再生本部運営要領」(201316)が定められている。
[7]「中央省庁等改革の推進に関する方針」,前掲
[8] 行政運営上の会合については、宇賀克也『行政法概説 行政組織法/公務員法/公物法』有斐閣,195-197頁を参照.
[9] 1回産業競争力会議において、安倍晋三内閣総理大臣が「甘利経済再生担当大臣とも相談をして、近日中に日本経済再生本部を開催し、関係閣僚にしかるべき指示を行い、政府一丸となって取り組むこととしたい」と述べているように、産業競争力会議と日本経済再生本部の開催は意図的に連動させる形で運用されていたものと思われる。
[10] 「中央省庁等改革の推進に関する方針」,前掲
[11] 産業競争力会議に臨時議員として参加したのは、総務大臣(地域活性化担当大臣)、法務大臣、外務大臣、文部科学大臣(教育再生担当大臣)、厚生労働大臣、農林水産大臣、国土交通大臣、環境大臣、女性活力・子育て支援担当大臣兼内閣府特命担当大臣、人事院総裁、内閣府副大臣、外務副大臣、東京都知事である。主要な閣僚のうち、財務大臣、防衛大臣のみ参加がみられない。
[12] 産業競争力会議の民間議員の地位については、行政法学上は特定の政策課題について意見を述べる委任契約を国と結んだ形態として理解されている。塩野宏『行政法 [3]』有斐閣,2006,82 および宇賀克也『行政法概説 行政組織法/公務員法/公物法』有斐閣,2008,196.
[13] 民間議員10名という点については、会議運営の観点から批判的な見解もみられる。たとえば、産業競争力会議の民間議員であり、小泉政権において経済財政政策担当大臣として経済財政諮問会議を事実上リードしたとされる竹中平蔵は、産業競争力会議の構成について「はっきり言って、いい政策をまとめるには、委員の数が多すぎる。これが、改革をしたくない官僚の作戦だろう」と指摘しており、意見取りまとめを行ううえで調整が困難になる規模であるとの見解を示している。
Heizo, Takenaka(竹中平蔵). “明日16日(土曜日)朝、読売TVのウェークアップに出演する。産業競争力会議のことが話題になるだろう。昨日、民間議員の大臣との打ち合わせがあった。はっきり言って、いい政策をまとめるには、委員の数が多すぎる。これが、改革をしたくない官僚の作戦だろう。” 15 February 2013, 07:00 p.m. Tweet.
[14] 甘利内閣府特命担当大臣記者会見要旨(201328). 甘利によるこの発言は概ね妥当しており、産業競争力会議の平均開催時間が1時間14分程度、平均発言回数23回であることを考えると、1回の発言あたりの時間は平均で約320秒程度であることがわかる。
[15] 「産業競争力会議運営要領」では、経済再生担当大臣が審議内容の公表、議事録要旨の作成・公表、議事録の作成・公表を行うものとされている。会議終了後に毎回行われる記者会見では、経済再生担当大臣(もしくは代理として内閣府副大臣)によって行われる。
[16] 城山英明「政策過程における経済財政諮問会議の役割と特質 -運用分析と国際比較の観点から-」『公共政策研究』第3,2003,36. 城山によれば、経済財政諮問会議における「民間議員ペーパー」の作成にあたっては、必要に応じて各省からのヒアリングが行われているとされており、産業競争力会議においても同様に適宜各省からのヒアリングのうえでペーパーが作成されているものと考えられる。
[17] もっとも、連名でペーパーを提出しているからといって、個々の議員が単独での資料提出を行っていないわけではなく、連名版と同一のテーマに関して、別途個人名で資料を提出しているケースもみられる。個人名版は、連名版では取りまとめのうえで落とさざるを得なかった情報等についてそれを補完する目的のもとに提出されているものと思われる。
[18] なお、経済財政諮問会議は、運営規則において「月1回を定例として開催するほか、議長が必要と認める場合には、随時開催することができる」とされている。
[19] 甘利内閣府特命担当大臣記者会見要旨(前掲)
[20] 産業競争力会議「産業競争力会議運営要領」(前掲).
[21] 朝日新聞(2013121日付,朝刊,2経済).
[22] 日本経済新聞(2013215日付,電子版)、朝日新聞(2013216日付,朝刊総合)および読売新聞(2013219日付,東京朝刊). 記事によると、214日に開催された非公式会合において起用が決定された。竹中は、「これまでの成長戦略は審議会でアリバイ作りのように委員に意見を言わせ、最後に『ありがとうございました』と事務局が引き取って好きなようにまとめる。中身は各省庁が予算をつけてやりたい事業を束ねただけだ。民間人が事務局に入り、そうした動きを監視する必要がある」と指摘しており、民間人スタッフの起用要請について「官僚主導」で議論が進むことに対する懸念を理由に挙げている。
[23] 毎日新聞(201328,東京朝刊).三木谷は、民間人スタッフの登用を要請したことについて「経済産業省が主導権を握っている」なか「民間議員がお飾りにならないよう」にするためであると述べている。
[24] 甘利内閣府特命担当大臣記者会見要旨(2013312)

8/27/2013

With more imagination for our future

こんにちは。まだまだ暑い日々が続いていますね。夏休みの真っ直中なので、東京大学の中は閑散としています。実は研究者にとっては、この閑散とした最中こそが最も研究に集中できる期間なので、貴重な「暑い夏」を大切に過ごしているところです。

夏休み中に少し考えさせられているのは、課題解決型の研究についてです。目の前の課題解決にばかり囚われていると、実はまた別の問題を招いていることさえあるかもしれませんよね。あるリスクの軽減が別のリスクの増大に繋がることがあることはよく知られていますが、研究だって同じなのです。自分の興味関心を突き詰めることで、研究上のブレークスルーを生み出すことは大事なのですが、我々はその先の影響を考えたいと思っています。

おそらく「政策」と呼ばれるものも同じではいでしょうか。目の前の課題に引っ張られて積み重ねられる政策は、何らかの形でわたしたちの将来を形作る、ないし方向づけています。そうであるとすれば、おのおのの政策を語るときに、目の前の課題に対する有効性だけで評価することにどれだけの意味があるでしょう。われわれは、もっと将来を見据えて、もっと言えば過去から現在を、現在から将来を想像して、政策について語る必要があるのではないでしょうか。これは、一研究者としての自戒でしかないですが、肝に銘じて研究を続けていきたいと思います。


読売新聞の報道によれば、認知症に優しい街を推するために省庁が総合政策へ連携するそうですね。高齢者を標準とする社会への第一歩と言えるでしょうが、他方で単に目の前の超高齢化社会への対応というだけでなくその先を見据えた議論、たとえば、さらなる人口減少や国際化などをも想定した総合政策が検討されれば素晴らしいですね。





8/09/2013

世界一田めになる学校 in 東京大学2013

暑い日が続いています。
こまめに水分を取ったり適切に冷房を使ったりして熱中症に注意したいですね。

さて、先日東京大学では「世界一田めになる学校 in 東京大学2013」が開かれました。
初回から「校長」を務める東大大学院農学生命科学研究科の鷲谷いづみ教授は「この授業を通じて田んぼの自然の素晴らしさや文化を、みんなに理解してもらいたい」と意義を語っています。
食物がどのように作られているのかを知らずに食べている人も多いこの頃、こういった取り組みをもっと増やしてもらえると嬉しいですね。

8/08/2013

「成長戦略」の話をしよう(1)

これから何回かにかけて「成長戦略」をめぐる話をしてみたいと思う。今回は第1回目として、成長戦略が生まれた舞台装置について考えてみたい。


かつて「JAPAN」という語がそのまま「自民党」を意味していた時代があった。「JAPAN is BACK」と付された成長戦略の副題のとおり、2013年7月の参議院選挙を経た現在、文字通り自民党の復権は疑いようがないものとなっている。自民党政権が復古的な志向を帯びていることは言を待たないが、この復古的な体制が科学技術分野におけるイノベーションを喧伝するその様には、どこかバランスの悪さを感じずにはいられない。

安倍政権が打ち出した成長戦略は、「アベノミクス」と称される一連の歴史的な金融緩和策と並び、結果的に自民党1強時代の呼び水となった。先行した「アベノミクス」が市場から好意的に受け入れられ、政権への支持率が高く推移するなか、安倍政権はその評価を調達し続ける手段として「成長戦略」というカードを徐々に切っていくことで、支持率を損なうことなく参院選を迎えることができた。

もっとも、この小道具は突然どこからともなく調達されたわけではない。安倍政権の発足当初からすでに種まきがなされていたいわば収穫物であった。政権は、参院選という収穫期を見据えてその成熟度合を巧みに調整しながら果実を実らせてきたのである。

よくよく観察してみれば、その栽培と育成のギミックは伝統的な手法であった。民主党政権末期の野田内閣では、それまで分立・分散していた様々な会議体を集合させ国家戦略会議に一元化させる方向性をみせていた。しかし、政権交代というインターバルをはさみ、それから息つく間もなく多様な目的とミッションをぶら下げた実に多くの会議体が設置され、会議体の乱立が顕著となった。

特徴的なのは、内閣府を中心に実に多くの会議体が新設ないし復活をとげたことであろう。最も代表的なのは、小泉政権下で「官邸主導」「内閣主導」の象徴とされ三位一体改革をはじめとする一連の経済改革を実行する舞台となった経済財政諮問会議である。この経済財政諮問会議の実質的な指揮官であった竹中平蔵氏の去就が注目を集めたのは記憶に新しい。結果的にみれば、竹中氏は古巣である経済財政諮問会議ではなく、内閣官房に新たに設置された産業競争力会議の民間議員となった。竹中氏の去就が注目されたのは、55年体制以降の自民党長期政権の末期にありながら、高い支持率のもとに政治主導を発揮したと「記憶」されている小泉政権を想起させるからである。皮肉なことに、「自民党をぶっこわす」と豪語して登場した小泉純一郎元首相および一連の「小泉改革」ほど自民党の復調を象徴するのに適切なアイコンはない。

では、安倍政権は小泉元首相の模倣を志向し政権安定の道のりを模索したのかといえば、必ずしもそうではない。これまでの政府動向をみるかぎり、類似した方向性を伴いながらも、実際には全く異なるアプローチがとられていたことがわかる。小泉政権が郵政民営化などの結論ありき改革を断行していったのに対して、現在の安倍政権はむしろあえて結論を導かず、課題設定のタームを「魅せる」ことにより支持の調達に成功したといえる。

実際、政治主導の舞台は小泉政権下で重用された経済財政諮問会議ではなく、むしろ新たに設置された産業競争力会議に求められた。たとえば、経済財政諮問会議が策定した「骨太の方針2013」は、成長戦略に代表されるように政権が財政出動を伴う各種政策の実行を掲げている以上、そのトーンはかなり抑制的なものとならざるをえなかった。他方、産業競争力会議における検討が基盤とされている「日本再興戦略- JAPAN is BACK」は、医療、エネルギーをはじめとする科学技術に関する多くの分野におけるイノベーションの推進が掲げられるなど、特に官民の間で印象的に映るものであったように思われる。官僚の側は、8月末の概算要求においてこぞって成長戦略に関連付けた予算要求を行うだろう。また、市場の側はそれらの動向に対して、ロビイングを加熱させるに違いない。

ここには、単に「政治主導」の舞台が別の会議体に移されたこと以上の意味がある。ここでは経済財政諮問会議との比較から次のことを指摘しておきたい。まず、産業競争力会議には経済財政諮問会議と類似した運用がみられたことである。たとえば主要な論点の一つとされた「日本版NIH」の設置は、一人の民間議員による課題設定がなされ、議論が牽引された。それまで蹉跌を繰り返した日本版NIH構想が再び現実味を帯びる形で台頭することになった背景には、このような民間議員の存在感が不可欠であった。この民間議員の重用とそれによる「官邸主導」の印象化という点は、経済財政諮問会議の運用に極めて類似した性格である。

次に、相違点である。なるほど、産業競争力会議は成長戦略の策定に向けて大きな影響力を有し、そして実際にその成果物として「日本再興戦略」が策定されるなどの具体的な実績を誇る。しかし、組織的な面をみれば産業競争力会議は内閣法に設置根拠を持つ経済財政諮問会議と異なり、国家行政組織法上の根拠を有するいわゆる8条機関ではなく、あくまで「懇談会等行政運営上の会合」として位置付けられるインフォーマルな機関である。その意味で、産業競争力会議という会議体は、内閣府の設置以降増殖を続けた非公式の会議体の一つにすぎない。

この非公式の諮問機関を舞台とした「官邸主導」については、成長戦略が各省による概算要求および政策立案に直接的に影響を及ぼすことが予想される点から、以下のような問題が指摘できるだろう。

第一に、民主的統制の不在の問題である。審議会の委員も、懇談会の委員もともに非選出区分でありながら政策課題ないし行政過程に深く影響力を有している点では共通である。しかし、内閣法や国家行政組織法ないし政令に根拠を持つ諮問機関の構成委員については、その地位が政治的任命職であるがゆえに、国家公務員法や国家公務員倫理法などの明文化されたルールによる統制(法による統制)、さらには立法府によるチェックという政治過程による統制を受けることになる。一方で、私的諮問機関の構成員は、産業競争力会議に代表されるように、あくまで「国による委任契約」の対象者でしかなく、法による統制も、また選出区分から統制も存在しない。そのため、民間議員は「官邸主導」のもと政治的な意思決定過程にコミットし、さらには行政活動を統制するなど実質的には政治的任命職と類似する機能を有していながら、外形的にはあくまで「行政運営上の参考に供する」立場にあるという矛盾の問題である。

第二に、責任の所在と範囲の問題である。上記のような地位の不明確さは、同時に民間議員の発言や行動にどれほどの責任があるのかを不透明なものとする。最終的には閣議による承認が得られるのであったとしても、重要課題に関する政策決定を私的な諮問機関とその構成員に委ねることにはやはり不明確な点が多いというほかない。ましてや、「特別枠」の創設などによって予算編成過程に強い影響力を及ぼすとなれば、当該機関の地位や意思決定過程は公正かつ明確でならねばならない。この点については、たとえ「機動性」、「迅速性」などの立法上のコストや行政運営上の効率性を強調する立場からからも、十分な説明を与えることはできないだろう。

第三に、議論の不在による問題である。産業競争力会議は、時間的な制約を受けるなか経済財政諮問会議をはじめとする他の会議体に比して議員の数が多い点が特徴的である。結果として、各議員の発言はその回数、時間ともに極端に限定的であり、単なる民間議員による意見表明の場と化していた。それにより、たとえば「日本版NIH」であれば、問題提起がなされ会議体における課題としての共有ははかられながらも、肝心の「NIH(アメリカ国立衛生研究所National Institutes of Health)がいかなる機関であり、どのような設計のもとに運用されているのかを示す資料等は、少なくとも会議の席上で紹介、共有されることはなかった。一部の民間議員が主張するする「NIH」像がそのまま会議体における共通理解となり、その是非を検証する機会は皆無であったとさえいえる。この「NIH」に関する正しい理解が得られていないという点については、具体的な制度設計を担う健康・医療戦略室および健康・医療戦略参与会合において既に指摘されている点である。

民主党は党是ともいうべき「政治主導」を狭義に解釈、ないし誤解したところから出発し、軌道修正をみることなく崩壊した。むしろ現在の自民党政権は制度的な基盤を持たないインフォーマル体制を構築し、そこを舞台に政策過程を進めることにより、民主党政権が渇望するも決して手にすることのなかった「政治主導」という仕組みを達成しているようにみえる。しかし、このインフォーマルな体制には権力の行使を抑制するためのルールが存在しない点にはやはり十分に注意しなければならない。会議体を舞台にした政治主導を求めるのであれば、明文化されたルールと根拠に依拠した公正な運営が求められる。大きな権力を有する政権であるからこそ、こうしたルールを欠いたままに政策過程が進められている現状に強い憂慮を覚える。